大瀧のチェックリスト (3)

Engineering

 「大瀧のチェックリスト(1)」に色々書き込んでいるうちに、大きくなってしまいましたので、記事を分割しました。「大瀧のチェックリスト(1)」について、興味があるようでしたら、リンクから参照してみて下さい。

 「オズボーンのチェックリスト」は最後のページに載せているので、参照してみて下さい。

解決策(ブレイクスルー)は、他の分野から起こる

 過去に様々な分野で技術的なブレイクスルーが起こってきましたが、それらのブレイクスルーは、現状の問題点を正面から解決したというよりも、他の分野での技術の進化・進歩の結果を取り入れてきた部分があります。

 前述したとおり、第一次世界大戦の主体の主役は、戦艦で砲弾を撃ち込む砲撃戦が主体でした。その場合、一番効果的な戦法は相手の砲弾が届かない場所(射程圏外)から、こちらは射程の長い砲弾を相手に打ち込めば必勝します。

 しかし、それを実現するためには、大きな船体を持つ戦艦を作り、その戦艦に大きな砲塔を載せ、その砲塔から大きな砲弾を打ちこむ必要があります。この考えを「大艦巨砲主義」といいます。

 特に大艦巨砲主義に傾いたのは、日本だと言われています。その背景には、1922年の開かれた「ワシントン会議」にあると言われています。これは、今でいう「軍縮会議」だったようですが、軍艦の保有数が米・英が10に対して、日本は6に抑えられました。

 少ない軍艦保有数で、相手国に優位に立つには「大艦巨砲主義」を取るのが最善の方法だったのでしょう。その象徴が「戦艦 大和」だと言われています。いまだに、世界の海軍史上において、大和以上の大きさを持つ戦艦は建造されていないと言われています。

 しかし、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に大きく進歩・発展した科学技術分野がありました。それは、航空機産業です。そこで、航空機に爆弾を載せて、敵軍艦の真上から落とせば一番効果的だと考えたわけです。

 しかし、海は広いし、出撃した戦闘機も攻撃した後、航空基地まで戻ってこなければなりません。ですから、地上の航空基地か離陸して、敵軍艦を爆撃・攻撃してもまた陸上の航空基地まで戻ってくることは燃料の点からも事実上できません。

 だったら、爆撃機・攻撃機を船に載せて、敵軍艦の近くまで行き、そこで船から爆撃機・攻撃機を飛ばして敵軍艦の真上から攻撃して、また飛び立った船に戻ってくればいいとうふうに考えたのでした。これが空母(航空母艦)という軍艦で、このような攻撃形態を航空機動戦力と呼ぶようになります。

 実は、この航空機動戦力を世界で初めて大規模で組織的に行って戦果を挙げたのが、旧日本海軍の連合艦隊だったのです。

 1941年12月8日に、旧日本海軍連合艦隊の航空機動部隊がアメリカ合衆国ハワイ州のパ-ルハ-バ-(真珠湾)にいた太平洋艦隊に対してを爆撃したのが、航空機動戦だと言われています。

・DOS/Vパソコンの台頭

 1990年代までの日本のビジネスパソコンは、NECのPC-98シリーズに実質的に独占されてきました。その独占状態の潮目が変わってきたのが、DOS/Vパソコンの台頭です。

 PC-98シリーズは、ビジネス用途での使用が圧倒的に大きかったのですが、日本でビジネス用途でPCを使う場合には、漢字を表示する必要があります。

・RISCプロセッサの原理

 過去、マイクロプロセッサは、Intel(x86ア-キテクチャ)が圧倒的なシェアを誇っていました。その牙城を崩そうと考案されたのが、RISCプロセッサ(SPARC,MIPS)です。

 

・近年のAI開発におけるGPUの重要性

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