(※内容について本文で一部言及しています。未視聴の方はご注意下さい。)
評価:☆☆☆☆☆
映画について
2022年10月21日に公開された横浜 流星さん主演の映画です。清原 果耶さん、三浦 友和さん、江口 洋介さんも出演しています。
まず見て驚いたのは、画面のクオリティーの高さです。最近の映画の撮影はほとんどデジタル・カメラでの撮影だと思うのですが、この映画は水墨画という芸術作品を映す必要があったからなのか、とりわけ画質のクオリティーが高いですね。
大学法学部の学生の青山 霜介(横浜流星さん)は大学の同級生の古前(細田 佳央太さん)が行くはずだったバイトを代わって、水墨画の展示会・揮毫会の設営を西濱(江口洋介さん)という人の指示のもと手伝います。
そこでいきなり主催者の文化勲章受章者である篠田湖山画伯(三浦 友和さん)が水墨画を描くライブパフォーマンスがあるのですが、その水墨画の素晴らしさには素人でも圧倒されます。
その場で霜介は湖山画伯から弟子にスカウトされます。最初見たときには、えらくご都合主義的だなと思ったのですが、これには訳があり、それは映画の後半で明かされます。
せっかく湖山画伯から弟子入りのスカウトを受けた霜介ですが、踏ん切りがつかず、直接湖山画伯のもとを訪ねて断ろうとします。しかし、湖山画伯もなかなか頑固で、弟子がだめなら「湖山水墨画教室」の生徒という形で霜介を弟子にしてしまいます。
半ば強引に弟子にされてしまった霜介ですが、その日から水墨画の練習が始まります。練習に使った道具を片付けようとして、篠田邸の中をさまよっていると一人の若い女性と出会います。それが篠田千瑛(清原 果耶さん)でした。篠田画伯の孫娘で水墨画界の新進気鋭の絵師です。
しかし、この祖父と孫の間には、なにやら確執があるようで、そのせいで一番苦労しているのは、一番身近にいる西濱のようです。
映画の中での千瑛のキャラはいわゆるツンデレ系ですね。清原さんが出演している映画を何本か観ているのですが、「普通じゃないのは君も同じ」や「砕け散るところを見せてやる」などでもツンデレ系が多いイメージがあります。
霜介が大学の同級生に湖山画伯の弟子になったことを告げると、同級生から水墨画サークルの講師として千瑛に来て欲しいと頼まれます。千瑛に頼んで、何とか講師役を引き受けてもらい、二人で大学を訪れます。
霜介達が通っている大学は、瑞野文化大学という設定なのですが、キャンパスでの撮影風景が立命館大学のように見えました。最後のエンドロールのところで、ロケーション協力という名前で、立命館大学という名前が出て来るので、やはりそこでロケが行われたのでしょう。
清原さんは、「一秒先の彼」でも、立命館大学でのロケがあったようなので、立命館大学とは何かと縁があるのかも知れませんね。
初めて鑑賞したのは、映画館で観たのですが、大学の同級生の川岸 美嘉という女子学生がすごく存在感のある演技をしているなと思いました。今回、レビューを書くにあたって改めてDVDを見直してみて、キャストを見たのですが、河合 優実さんだったということに気づきました。
千瑛の水墨画の講義の内容によると、水墨画には4つの基本となる画題があるそうです。欄、梅、菊 そして 竹でそれらの描き方には それぞれ水墨の基礎となる技術が用いられているからです。水墨画の世界では、それらをあわせて、四君子(しくんし)と言うそうです。
水墨画サークルの打ち上げの飲み会で、霜介は酔いつぶれてしまい、自宅の部屋まで千瑛、美嘉、古前の3人が運びこんでくれます。そこで、千瑛は古前から霜介の家族に不幸があったことを聞きますが、詳しいことまでは聞きませんでした。
やがて、湖山会特別公募展覧会「墨の残像」という作品展が開かれ、霜介の作品も披露されます。そこで霜介の作品に興味を示した女性に厳しい評価を下されます。
この女性は、藤堂 翠山(とうどう すいざん、富田 靖子さん)といい、昔は東の湖山 西の翠山 と呼ばれるいわれる絵師だったのですが、今は筆を折って四季賞の審査員長を務めているらしいです。
この四季賞とは、水墨画界では権威のある賞らしいのですが、去年の四季賞で、千瑛は翠山先生から酷評されて、確執があるようです。
その展覧会では、湖山画伯の揮毫会も予定されていましたが、開始時間になっても湖山画伯は現れず周囲がヤキモキし始めます。
運悪くか良くか、フランスの文化大臣もその揮毫会を視察しています。揮毫会がドタキャンなどすることなど許されない状況です。誰か代役を立てねばという雰囲気の中、千瑛が候補に上がります。しかし、翠山氏の「中途半端なものは見せられない」という強硬な意見の中、千瑛の代役は却下されます。
揮毫会をどうしたものかと思案していると、西濱が紙の前に立って考え込んでいます。そして、やおら霜介を呼んで筆を用意させて、西濱自身が水墨画を描いていきます。見事な水墨画を描いた後で、西濱 湖峰という揮毫を記します。そこでようやく、西濱が湖山画伯の弟子であることが明らかになります。
藤堂 翠山も一目置くような絵師であることが、ほのめかされます。何とか、揮毫会の難局を切り抜けたのですか、その後、霜介と千瑛は、西濱から湖山画伯が倒れたということを聞きます。湖山画伯が揮毫会に現れなかった原因はこれだったのです。
病院へ駆けつけた霜介と千瑛ですが、湖山画伯の容態を心配する千瑛に対して、「不幸は僕たちをまってくれたりはしないから」とある種達観した態度を見せます。
そこで初めて霜介は千瑛に自分にどんな不幸があったかを語ります。大学進学のために実家を出る朝に父親と口論して、喧嘩別れするような形で家を出て、それが家族との最後の別れになったということでした。
一夜を病院の待合室で過ごした霜介と千瑛が湖山画伯の病室に駆けつけると、そこでは西濱と談笑する湖山画伯がいました。しかし、湖山画伯が千瑛にかけた言葉は、「こんな所に居ていいのか」という厳しいものでした。その言葉を聞いた千瑛は怒って病院を出ていきす。
やがて湖山画伯が退院して、退院祝いの会を催します。その席で、湖山画伯の右手に少し障害が残ったことが明らかになります。
その後、湖山画伯は以前から依頼されていた寺院の水墨画製作に再び取り掛かるのですが、一人での作業には支障があるのか、霜介に手伝ってもらいます。
湖山画伯と二人きりになった霜介は、湖山画伯がなぜ霜介を弟子に誘ったのか聞いてみます。湖山画伯がいうには、最初の展示会の際に千瑛の椿の水墨画を見て霜介が感動して涙を流しているのを見て、見どころがあると思ったとのことでした。
ここでタイトルとなった「線は、僕を描く」の意味が明かされます。普通であれば、「僕は、線を描く」になると思います。湖山画伯が語るには、「自分の線は自分で見つける」「そうして見つけた線がまた自分を描く」ということでした。それがため、タイトルも「線は、僕を描く」になったのだと思います。
ある日、霜介が下宿に帰ると、千瑛がアパートの前でうずくまっています。湖山画伯の言葉に反発して飛び出したものの行き詰ったて、霜介を訪ねてきたようです。
千瑛と話すうち、霜介も過去に区切りをつけるべく、家族を失った実家の家を訪れることを決意します。ちょうど、次の日が霜介一家を襲った災害から3年たつ日でした。千瑛の希望もあって、2人して一緒に実家があった場所まで高速バスで移動します。
実家があった場所について、ポツリポツリと何があったかを霜介は話していきます。大学入学するにあたって下宿するのですが、下宿に入る当日に父親と喧嘩してしまい、それ以来実家の家族とは疎遠になっていました。
そんな時、豪雨被害が実家の近くを襲い、実家のすぐ横を流れる川が氾濫して、霜介の一家は流されてしまいます。
携帯の留守録に残されていたのは、妹の椿から助けを求める伝言だけが残されていました。
霜介と千瑛は、霜介の実家があったと思しき場所にたどり着きますが、そこは洪水で流されてしまい何も残ってしませんでした。ただ、妹の椿のために植えた椿の花が霜介の帰りを待ったいたように残っていました。
その後、二人は湖山画伯の仕事場を訪れます。湖山画伯がかけた言葉が「おかえり」でした。
それ以降、霜介と千瑛の二人は水墨画の創作に没頭します。
そして、次の四季展で千瑛は四季賞を受賞します。霜介は、椿の水墨画で新人賞を受賞します。それを記念して、大学で揮毫会を開いて映画はエンディングとなります。
爽やかな青春映画で、水墨画がという今まで知らなかった世界を教えてくれたので、☆5つとさせてもらいました。
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