小説「透明な螺旋 [ガリレオ][10]」のレビュー・書評

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(※内容について本文で一部言及しています。未読の方はご注意下さい。)

 今回レビューするのは「透明な螺旋 [ガリレオ][10] 東野圭吾 著 講談社」のレビューです。

 東野圭吾さんの小説は好きで最低でも30冊ぐらいは読んでいるかと思います。東野さんは1985年に「放課後」で江戸川乱歩賞を受賞されてデビューされているので、もう40年近く第一線で創作活動をされているのですね。しかも作品のクオリティが非常に高く、年数作品は新作を発表されていることを考えると考えるとすごいことだなあと思います。

作品のレビューに入りますと、今回も作品全編にわたって、伏線や読者に仕掛けたトラップが満載です。プロローグでは、一人の女性が不運にも女児を擁護施設に預ける場面が描かれています。その際に手作りの人形を子供と一緒に預けていきます。これが後々、読者に仕掛けたトラップとなってミスリードしていきます。

話は現代に移って、本作品の主要な登場人物となる、島内園香の話になります。不運にも彼女の母親の島内千鶴子がクモ膜下出血で亡くなります。その後、何とか立ち直り、上辻亮太という男性を出会い平穏な暮らしが続くと想像させます。

その後、警視庁の草薙刑事と内海刑事が登場して行方不明者の捜索に入ります。房総沖で水死体が発見されたのと行方不明者の上辻亮太のDNAが一致したためでした。

島内園香の周辺の聞き込みをしていると、彼女の勤務先の上野の生花店に70歳ぐらいの女性が一か月ぐらいに前に訪ねて来たことが分かります。また、水死体が発見される前に一緒に旅行したという女友達から「ナエさん」という女性を島内園香が仲良くしていたという情報を得ます。読者としては、この二人が同一人物なのかと思うと思いますが、これも著者のトラップです。そのうちに警察も島内園香を容疑者として見ていきます。捜査が進展するにつれて、「ナエさん」がアサヒ・ナナというペンネームを持つ絵本作家だということが分かってきます。また、ナエさんの人物像もおぼろげながら分かってきます。ナエさんが出している絵本の出版元に行き色々話を聞いているうちにナエさんは科学に関する題材を絵本にしていることが分かってきます。その中の1冊の本の参考文献に湯川 学教授(ガリレオ先生)の名前が出てきます。

湯川 学教授の家族関係が明らかになります。現在、湯川教授のご両親は横須賀のマンションに住んでいるそうで、母親は認知症気味だそうです。その母親の介護のために、現在は横須賀に滞在しています。その横須賀に草薙刑事が赴いて捜査協力を願い出ます。湯川教授は絵本作家のアサヒ・ナナさんのことは覚えていたのですが、本名の松永奈江については、草薙刑事が知られせるまで知らなかったようです。

上辻亮太のスマホの通話履歴を調べていたところ、銀座のクラブのママである、根岸秀美という人物が浮上します。これで高齢女性が二人出てきたことになります。さらに島内園香の勤務先に確認したところ根岸秀美は島内園香の勤務先まで訪ねて来ていたことが判明します。

随所で、内海刑事が単独行動をしています。普通、刑事というのは二人一組で行動するのが基本です。私も近所で殺人事件があった時、刑事さんが自宅まで訪ねて来て事情聴取を受けたことがあります。

島内園香の母親の元勤務先の養護施設「あさかげ園」まで湯川教授と内海刑事が訪ねて行きます。そこで島内園香がブルーとピンクの縞模様で髪の長い人形を抱きしめている写真が出てきます。ここでも読者を島内千鶴子はプロローグで出てきた捨てられた赤ちゃんだと思わせてミスリードしています。

その後、島内園香は松永奈江をともに行方をくらませている可能性が高まってきました。松永奈江が以前住んでいた新座市の住所が判明した際に、湯川教授がその場所を見ておきたいと言い出して、内海刑事と新座市を訪れます。周辺を聞き込んだ結果、松永奈江と島内園香は新潟県湯沢町のリゾートマンションに潜伏している可能性が高くなってきます。すぐに湯沢町を捜索することを内海刑事は上司の草薙刑事に進言します。また、湯川教授は内海刑事から根岸秀美の経営するクラブの名前が「VOWM」(ボーム)だと聞いて、「あさかげ園」で聞いたエピソードの島内園香の人形に背中に書かれた名前「望夢」の音読みだとピンときます。しかし、この人形の名前のエピソードは「あさかげ園」訪問時の話にはでてきません。作者はわざとぼかして書いて読者をミスリードさせているのでしょう。

その後、湯沢町のリゾートマンションが警察によって捜索が行われますが、そこから松永、島内両名の重要参考人は立ち去った後でした。内海刑事はそのタイミングの良さに、警察の捜査が予定されている事を松永、島内両名に内通していることを懸念します。その際に内海刑事が行った台詞は「かぎられるどころか、一人しかいません。」です。これを台詞を読んだときに一瞬なんのことか理解できませんでした。文面をそのまま読めば湯川教授が、重要参考人に捜査情報を漏らしていることになりますが、湯川教授の性格からするとそのようなことをするとは思えませんでしたので混乱してしまいました。湯川教授が捜査情報を漏洩していた可能性については、草薙刑事も気づいていたようで、そのことについて湯川教授に詰め寄ります。湯川教授は事件が解決するまで待って欲しいと草薙刑事に頼みます。

その後、湯川教授は根岸秀美ママに会い、自分の推理を打ち明けます。その際、クラブの名前の「VOWM」についても名前の由来の推測を語り、それが当たっていたことが判明します。

やがて、秀美ママのプロローグ後の人生が語られ、島内園香との出会いがモノローグ形式で語られるます。ここで、プロローグで示されて伏線が本編で回収されます。

続いて、内海刑事が横須賀に湯川教授を訪ねて行って事の真相を正します。根岸秀美の供述内容を内海刑事が話しますが、そこに根岸秀美と島内園香が血縁関係にあるいう供述は出てきません。根岸秀美にとって島内園香はアイドルだった。そのアイドルにDVを加える上辻亮太が許せなかったと。そして次の場面で衝撃的な事実が判明します。島内園香と一緒に逃避行を続けていた絵本作家の松永奈江が湯川教授の実の母親だというのです。

その後、話は少し戻って逃避行で東京へ戻ってきてホテルに滞在している松永奈江と島内園香の場面になります。島内園香のホテルの部屋に湯川教授が現れます。そこで湯川教授が上辻亮太殺害の根岸秀美の動機をほのめかします。「(根岸と島内の関係を話さなかったのは)むしろその方がより説得力があり、上辻を殺すしかないと判断したことにも納得がいく。要するに根岸さんは、君のことを信じていたいんだ。仮にだまされていたのだとしても、そんなことは知りたくないんだ。」と湯川教授は言います。私がこのセリフを読んだときはすぐには理解できませんでした。その後、物語の先を読んで理解できました。ここまでは、島内園香の母親、島内千鶴子は根岸秀美が昔、施設にすてた子供で、島内園香は秀美の孫にあたると読者にも思わせてきました。しかし、島内園香の独白で、母親の島内千鶴子は物心ついた後に捨てられらて施設に預けられて、あの人形の本来の持ち主だった少女は幼いころに亡くなって、人形だけ島内千鶴子がもらったものだということが判明します。

この上辻亮太の殺人事件は二重構造になっています。根岸秀美も島内園香が本当に自分の孫ではない可能性も心配していました。DV彼氏の上辻と根岸秀美が生き別れの孫だと思っていた島内園香を別れされるだけなら、殺す以外の方法もあったと思います。でも、そうやって二人を別れさせても、上辻に本当は、根岸秀美と島内園香は赤の他人だと真実を知らされるよりも、上辻を殺して、根岸秀美と島内園香は本当の肉親だと嘘でもいいから信じていたかったというのか、上辻殺害の本当の動機だったのです。

その後、湯川教授は自分の本当の母親の松永奈江と再会して、和解します。松永奈江は島内園香が巻き込まれた事件の真相は知らずに、ただ逃避行に付き合っただけでした。

読み終わった後にストーリーの構造を振り返ると、2組の生き別れた母子が微妙な関係で重なりあった物語のような気がします(少し強引な気もしますが)。しかし、30年ぐらい前のミステリーなら、2組の母子を出さなくても、根岸秀美ー島内園香の関係だけで物語が完成していたと思われるのですが、現在のミステリーだとここまで複雑にしないと読者は納得しないのかも知れません。

最後に、湯川教授の育ての母親が亡くなってしまいます。草薙刑事が斎場に現れて香典を渡します。湯川教授も母親の介護で横須賀に滞在していたもの終わりにして、大学へ戻り研究を再開するようです。その時、草薙刑事のもとに内海刑事から事件発生の連絡が届き、告別式を前にして事件現場に向かわなければならなくなります。最後に湯川教授は、草薙刑事に次のように言って、事件現場に送り出します太。「気にするな。君は君の戦場を優先すべきた。僕も研究室という戦場に戻る。」

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